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救いの証
1968年の12月24日、この日は,全世界が固唾の呑んで,ある出来事に注目していました。それは,月の裏側をはじめて飛行したアメリカのアポロ宇宙船が,再び地球側にその姿をあらわそうとしていたからです。宇宙から開口一番クリスマスの挨拶が贈られてきました。続きて,なんと聖書から創世記一章が朗読されました。同時通訳を介して伝えられてくる,天地創造の神の言葉をその時私は信仰によって聞きました。というのは、その10日前に私はクリスチャンとなり,キリストを個人的な救い主,私の人生の主として信じ受け入れたばかりでした。
当時18才だった私は高校を出た後,警察官の就職が決まっていました。父親のいない自分にとって,何か自らを律し導くような対象を求めていました。それを補う意味で単純に警察官を志望したのですが,いざとなると自分のなかは,ポッカリと穴があいていました。人生を生きていく精神的な地図を持っていない自分に,とても不安を感じ始めました。その上,自分の描く自分像に達成できない限界の中で苦しんでいました。ある日、ラジオを通してキリスト教に触れました。真実を求めたい気持ちがありましたので,続けて聞くようになりました。その中で,アウグスチヌスの「私たちは神に向けて作られた物なので,神の中に憩うまで心に平安はない」という彼の告白と,又聖書の中でパウロという人が「私は自分のしていることが分からない。自分の望んでいる善をしないで、かえって望んでいない悪を行っているからである。善をしたい意志はあるのに,それを行う力がないのである」という言葉に心がとまりました。小説では漱石の「こころ」、ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマゾフの兄弟」をとおして、人間の罪を教えられました。そして、自分の中にも造り主である神の前と人の前に,罪があることを示されました。その頃,イエス・キリストは自分にとって教師や父親のような存在として受けとめました。この御方に自分を賭けてみよう。もし,それが裏切られも悔いはないという覚悟で、キリストを信じる決心をしました。アーメン、神は真実な御方です。「私の所にくるものを,私は決して捨てない」との主イエスの言葉は,あの時も今を変らず,またこれからも変わらないことを知ることが出来ました。私の心に喜びが生まれました。
母と祖母には,キャンパス・クルセードの「四つの総則」というパンフレットを読んで説明していくうちに,二人ともイエスさまを信じてくれました。今は,二人とも恵みによって天国にいると確信しています。
現在,私はクリスチャンとは言いながら,なんと祈りをおろそかにした生活をしてきたかと,痛切に思わされています。祈りがないことは,絵描きに絵の具がないのと同じで,心の中にイエスさまがいないことと同じのように思います。祈りが失われてしまった時間はもう取り戻せないけれども、これからは,少しの時間でもイエス様の御足のしたに自分をとどめておきたいと,主に導きを願っています。
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