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「アメリカで得た自由」
わたしはあなたを立てて異邦人の光りとした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。(使徒の働き13:47)
私が初めてアメリカに来たのはもう7年以上も前になります。英語を学びたいとの願いで両親に相談したものの本心は何処かに日本での生活から逃げるような思いがあったのかもしれません。その頃の私は今で言ううつ病のような精神状態でそれも小さな頃からの外見的なイジメから始まり、優秀生徒として高校生の時まで歩んできた自分が成績の落ちこぼれとともに自分の居場所を失い気がついたら友人と呼べる存在が誰もいなくなっていた所から始まっていきました。
最初に向かった州はアリゾナ州フェニックスという町でした。留学あっせん業者に学校を選んでもらった際にアリゾナ州という名前を以前何処かで聞いた事があっただけの理由でしたが全てが神様の御心であったのでしょう。うつ病だった人間がまた学校生活に急に戻れるはずもなく始めは会話をしてくれた他の日本人留学生たちも気がつくと離れまた孤独という状況に今度は異国の地アメリカで置かれることになりました。さびしさをうめるためお酒におぼれるような生活に陥りかけた頃ある日本人クリスチャンとの出会いが与えられました。私の友人宅でデイナーがあるからこないかと誘われて初めてで会うクリスチャンの若者たちの集りに戸惑いを多く覚えたのを今でも覚えています。食事の前のお祈りなども一体自分は変な宗教の集りに着てしまったのではないかと心配になりました。
しかしかれらの本当に私を心配してくれているその姿に次第に私も心を開いていき、今度面白い先生がいるから聖書の学びに来てみないと誘われそこで初めて出会ったのがJIBCのN先生でした。聖書の学びも非常にわかりやすく他のクリスチャンたちも含めその人柄に惹かれ気がついたら教会にも初めて足を運びました。賛美の時などうたっている内容はよくわかりませんでしたが何か楽しそうな雰囲気にますます自分はオープンになっていきました。
そしてしばらくしてそのN先生がポートランドの教会に戻られるという話になりました。せっかくの出会いに寂しさを覚えながらも今度日本からやって来る牧師先生はどんな人なんだろうと興味も沸いていきました。そして出会ったのがS先生せした。今までの礼拝とは打って変わった雰囲気に変わり、まだ聖書も何も知らなかった私にとってはその先生に次第に反発感を募らせていくようになっていきました。丁度時期を同じくしてイエス様を受け入れ様と決心をしその先生にバプテスマクラスを受けましたがやはり内容が難しすぎてますます否定的な思いをその先生に持ち始めました。他の兄弟姉妹からはN先生だって君が嫌だと思うところは沢山あるはずだと言われましたが人間怖いもので思いこみ出したらますます悪い様になっていくようにできてるみたいですね。
その先生への反発に例えば礼拝にわざと遅れていったり、先生のメッセージ中にわざわざ寝たふりをしたりととどまることを知らない反発を繰り返しました。牧師婦人には私の存在が怖いとまで言われるも何故だか彼らは私を見捨てる事は決してありませんでした。「兄弟をこのようにしたのは私の責任だ」とまで言われ丁度イエスさまを裏切ったペテロに対してのイエス様の愛はこのようなものだったのかもしれないと今になると思います。その先生の姿勢に私の反抗も次第に止み始め気がつくとその先生のもとで仕えていきたいという思いに変えられていきました。それは丁度墓場にいた若者がイエス様により悪霊を追い出されその後にイエス様にお供したいと願った思いににていたかもしれません。しかしイエス様はそれを許されずその先生を通して神学校の道を開いてくださいました、それがポートランドにあるマルトノマ神学校でした。
2002年の一月七日にアリゾナをたち数時間で太陽の州から雨の州へと変わり始めて学校の住まいに移りその日の晩薬局での買い物のため雨の中を傘を差していく思い出は正直忘れられません。Y先生をはじめとしたJIBCの方々とは以前ポートランド訪問の際に面識は会ったのですが何処に誰が住んでいるのかも知らず、教会の行き方すらわからなかった私に神様は同じ学校にいたA姉妹を通して助けを与えてくださいました。私がアリゾナにいたときに体験できなかった事の大きなひとつは聖霊さまによる満たしでした。もちろん「聖霊によるのでなければイエスを主と告白する事はできない」のですが御霊による祈りや毎日のあゆみなどその訓練は私が体験するには時間がある意味短すぎたのかもしれません。英語での学校の学びは決して生易しいものではナク、聖霊の力によるので無ければ決して乗り越えてくる事はできなかったでしょう。私が神学校に来るのに与えられたみ言葉が2テモテの3:16-17、私が人としてクリスチャンとして欠けていたものがその2節の中に凝縮して書かれており、神学校を通してそして教会やクリスチャンフェローップでの働きを通して神様はまさにそのみ言葉を実践してくださいました。そのプロセスは決して優しいものではなく返って逃げ出したくなるようなものばかりでしたが今となっては私が通らなければならない道だったのでしょう。
アメリカでの見捨てない愛、イエス様との出会い、そして聖霊によるあゆみによって私は自由を体験しました。日本で受けた数々の傷や苦しみが多くの方々の祈りと愛、そしてその流された涙によって癒されました。私の過去一切、うつ病、引きこもり、自殺騒動、をこうして神と人の前に告白する事で自由になった自分がはっきりとわかります。これから私は冒頭のみ言葉(使徒13:47)を支えに沖縄の黒人教会に日本人伝道師として遣わされようとしています。暗闇の中にいる人々にイエス様による自由を、自分が体験させていただいたこの恵を一人でも多くの方々に伝えていける様に、全ては神様がされる事です。だから私は今のままでリラックスして主の力の中で前進していきたく思います。全ては主の栄光のために。
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