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【試練を乗り越えて】
「A君は幸せ者ね。」教会で、祈り会の後、ある姉妹が突然、自分にそう言ってくれまし
た。2、3人で、食事の後の食器洗いをしていた時でした。幸せ者―今まで自分をそんな
ふうに考えたことがなかったので、少しとまどいました。むしろ、かなり辛い道を通って
きたので、なぜその人がそう言ったのかわからなかったです。しかし、確かに私は幸せ者 です。イエス・キリストに出会ったことで、それがわかったのです。
生い立ち 私は1歳の時、父親を亡くしました。自殺でした。包丁で頚動脈を切り、出血多量で命を
落としたそうです。かなり異様な死に方なので、感情豊かな母や、自分の息子をそんな風
に失った祖父母の気持ちは察っしきれません。幼いながらに、「一緒に写っているこの男
の人は誰だろう?」と写真を見るたびに思いました。「この人誰?」と聞くと「お父さん」と答
えが返ってきましたが、「お父さん」とはどんな存在なのか理解できないまま育っていきま
した。父はおそらく、とても真面目な人だったと思います。また、とても純粋でした。だから、自分の命を落とす決断をしたのでしょう。母親は、そのことで自分を責めたのでは ないでしょうか。
また、変わり者だった自分は、学校でも苦労しました。小学校1年か2年の頃は、ユニー
クな性格を面白いと評価してくれる友達もいました。しかし、その後は勉強もスポーツも
出来ず、おまけに変わった性格なのでいじめられはじめ、それがだんだんとエスカレート
していきました。言葉や嫌いなものを食べさせられることから、暴力をふるわれる、お金
を取られることにも及び、キスを男性から強制され
たことなどが継続的に続きました。
高校に入ると、夜中に親の財布からお金を盗んでは、
レンタルビデオ屋に行きポルノを借りて見る。そのような生活習慣の中、身も心も疲れ果 てていました。
そんな中でも、母は私の性格を受け入れ、常に愛そうとし続けてくれました。問題がある
たびに、励ましたり、また相談に乗ったりしてくれました。そんな彼女の愛を受けてきた
せいか、ぎりぎりのところでこんな自分に希望を持つことができました。どんなに自分が
駄目でも、そんな欠点を超えて愛を注いでくれているようでした。人間が与えることので
きる最高の愛を受けた、しかし私の心の傷をうめるには、それでも不完全でした。 福音に触れる
自分を何とかしなければと言う思いでアメリカに留学し、クリスチャンの学校に入学しま
した。はじめてイエス・キリストの福音を聞きましたが、それを理解するのに時間はかか
りませんでした。
神がこの世界を創ったこと。神が造った人間が罪を犯すようになり、人
類が罪を犯すようになったこと。罪のないイエス・キリストがこの世に送られ、罪のある
私たちのために、罪のない自分の血を十字架の上で流したこと。そして死んだ後、三日
たって蘇られたことです。その時に、イエス様は死の力を打ち破られました。それは御自 身を信じる者を、死から救い出すためです。
ただこれを信じて、イエス様を救い主と受け入れれば天国に行ける―そうは言われても、
実際には信じるのに2年以上かかりました。心の中に、様々な疑問があったからです。何
故、神様は、自分を酷い苦しみの中に放っておいたのか、などの色々な問いかけです。そ
れでも、JIBCに足を運び始め、クリスチャンの方達にケアしてもらうことを通して、信仰 の確信を得て、バプテスマを授かるに至りました。
その当時、私はニューバーグというポートランドから離れた町に住んでいましたが、そこ
から教会まで車で運転してくださる方がいました。また、ICFと呼ばれる留学生を対象に
した集会に定期的に参加するようになり、留学生クリスチャン達やその場で働いている御
夫妻とも良い関係を築くようになりました。ちょうど学生伝道が盛んになり始め、その働
きに関わることを通して、少しづつ神様がどんな方かわかるようになってきました。学生
達とは、その後もカリフォルニアへ留学生カンファレンスに行くなど、色々な行事に共に 参加しました。本当に、多くの方の助けを借りて生きてきたと思います。
愛されている 心の中に変化が次々と起きました。自分が持っていた疑問が解けていました。頭で考えて
も得られなかった答えが、信じて主に預けたとき、自然に与えられていました。心の痛手
が取り去られ、希望が与えられるようになりました。自分一人の力では決して手に入れ得
ない祝福が多く与えられました。自分が苦しみを受けたのは、同じ苦しみを受けた人を力
づけるためと、慰めてくれた友もいました。「あなたが真実をもって私を悩まされた。」(
詩篇119:75)主をそうしてほめたたえる日が来るとは思ってもいなかったです。多くの人
が、キリストを信じる決心をしたのを見ました。そして、自分は被害を受けたと思ってい たけれど、愛されていたと知りました。
私は、本当に幸せ者です。幸せ者だったけれど、それがわかりませんでした。
先程も言っ
たように、私の母は人間が与えられる最高の愛を持って、私に接してくれていました。母
の愛とは偉大です。しかし、私はそう感じ取れませんでした。自分の心の傷を埋めるに
は、親が子に注ぐ愛、それ以上に大きく完全な何かが必要でした。この御言葉は、神が私 自身に示してくれた情熱に他なりません。
しかし、シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた。」と。「女が自分の乳飲
み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、
このわたしはあなたを忘れない。見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城 壁は、いつもわたしの前にある。」(イザヤ49:14-16)
シオンとはエルサレムの都を、広い意味では全てのクリスチャンをさします。全能の神
が、私のような弱く、小さな者を、手のひらに刻み、覚えていてくれているのです。全て
を創られ、全てを支配されている方が、女が乳飲み子を愛する以上に私を愛してくれてい
るのです。あのむごたらしい十字架と、そこで流された血は、その完全な表れです。主は
生まれた時から、私を常に見守ってくれていました。ただ自分は、その愛を受けていませ
んでした。
私は、本当に何度も「主は私を見捨てた。」と思ってしまい、本当に主を悲しま せたと思います。
現在、私はJIBCで奉仕をする一方で、マルトノマ神学校へ行く準備を進めています。これ
まで1年間、教会においてベビーシッターから掃除まで、とても貴重な経験を積んできま
した。将来の目標は、まだはっきりとはわかっていません。しかし、主が大きな計画を用 意していて下さる、そんな期待があります。
以上、短い証しを載せていただきました。ノンクリスチャンの方へ―福音を聞いて、人間
の頭だけで理解しようとすると、納得できなかったり、疑問がわいてくるのは当然です。
ただ証しできるのは、主は信じた人に、必要な全ての答えを与えることのできる方です。
自分は本当に福音に批判的であったのに、救われたのはただ主の恵みです。皆様に、平安 がありますように。
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