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N.Y.さん「待っていてくれた神様」 子供の頃、友達に誘われて日曜学校に行っていました。近所に住むクリスチャンの方が自宅をこどもたちに開放してくれて、小学校低学年の頃までは毎週一回その方の家に行っていました。クリスマスにはイエス様の誕生の劇をしたり、みんなで歌を歌ったりした事を覚えています。毎回行く毎にイエス様の御言葉が絵に添えてあるカードをもらうのが楽しみでした。小学校高学年になると忙しくなったのもあり、自然に行くのをやめてしまいました。高校に入学してから柔道部に所属し、塾や勉強で全く聖書のことも考えなくなった頃、中学時代からの友人で同じ部活に所属していた友人が、クリスチャンになったと突然手紙をくれました。彼女がなぜクリスチャンになったのかを不思議に思うばかりでした。 19歳の頃、私にとって一番つらい時が訪れました。それは看護師だった私の母の自殺でした。あまりにも突然の事だったので、家から離れた所で大学生活を送っていた私にとって一体何が自分と自分の家族に起こったのかを受け入れる事ができませんでした。どうして私も私の家族も母の絶望を救ってあげる事ができなかったのだろう、と後悔ばかりで苦しくて苦しくて神様の事を知りもしないのに神を憎みました。自分が泣くのが母のためなのか、自分のためなのか、母が死後どうなってしまうのか、どこにいるのか、いつも考えていました。クリスチャンの友人に尋ねた時、彼女は「わからない」と言いました。キリスト教において神から与えられた命を自ら絶つ事は重い罪であると、私は知識として知っていたので、そんな運命を母に与えた神ならいらないと思ったのでした。 大学を卒業し、私は看護師になりました。母の夢は生涯看護師としてまっとうする事でした。生前に母が体調を崩し、看護師を辞めなければならなかった時、私は私が母の代わりに看護士として働き続けるからと母に誓いました。 病院では看護士として、集中治療や外科病棟の勤務を5年間続けました。そんな中で死は私たちにとって身近でした。死を恐れる患者さん、痛みの中で死んでいく方、事故後に死さえ感じる暇もなくて亡くなる方、小さい子供の死、を見てきました。生きる事、死ぬ事を考え、死に苦しんでいる人々の前に私はただただ言葉もなく、背中をさすってあげる事しかできなかったのです。自分の人生、自分の道が定まらず迷い、仕事を辞めました。リフレッシュも兼ね、イギリスに一ヶ月滞在しました。そこで出会った友人が、クリスチャンでした。 その友人はイスラム教徒でイラン人でしたが、イギリスでの留学中にイエス様の福音を知り、キリスト教徒になった人です。彼の国は(イスラムの)信仰にそむく事が罪であり、もう5年も国に帰っていないといっていました。家族に合いたくても自分はクリスチャンなので、国の情勢が変わらない限り家族には会えないといっていました。そして私に、もう一度聖書を読むことを勧めてくれました。それから自分なりに聖書を毎日少しずつ読む事を始めました。一生家族に会えなくてもクリスチャンとして生きる事を決めた友人を魅了したものは一体なんだろう。生きる事、死ぬ事はなんだろう、私はこれからどうして生きていったらいいのだろうと、思っていました。 アメリカで自分の看護師としての視野を広げようと思い、6月にポートランドへ向かいました。その時に(飛行機の)隣に座っていた女性は、愛知県で宣教師をしている方で、横井先生の友人の方でした。私は友人のクリスチャンに頼み、教会に連れて来てもらいました。私は聖書を読み進める中でずっと自分は神にふさわしくないと思っていました。クリスチャンと自分が言うには私はイエス様の愛にふさわしくないと思っていました。スモール・グループのメンバーが私のために祈ってくれ、「そんな私でもいいんだよ」と言ってくれた時、私はクリスチャンになる事ができました。私はたくさんの罪を持ち、神様を憎んだこともありました。そんな中でも神様は私を導いてくれ、私はこうしてここにいる事ができます。神様は気長に両手を広げ私を待っていてくれました。私は今、与えら れた自分の命を看護師としての仕事を通して神様のために何かできないかと思っています。
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