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【この世のはかない幸せよりも神様が一番】

 1986年にこのポートランドのJIBC教会でイエス様を信じ、クリスチャンになりました。 それまでの私の人生は神様の存在さえ考えたことがない、宗教嫌いの自称無神論者でした。 そんな私が今は教会でボランティアの伝道師として働かせて頂いていることは奇跡としか思えません。 神様がどのように私の人生に働いて下さったを証しさせていただきます。 クリスチャンになる前の私: “私は心の中で言った。「さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。」  しかし、これもまた、なんと空しいことか”(伝道者の書2:1) 私は生後6ヶ月で母と死別し、母親に早く死に別れた可哀想な子として家族からちやほや甘やかされて 育ったせいか、我侭で自分の思いを主張する自己中心の自我の強い性格になりました。

 今までの私の人生は我侭な性格を多いに利用して、自分のしたいことは人がどんなに反対しても絶対に やり通してきました。 国際結婚もそのひとつでした。家族全員の反対を押し切って結婚しましたが、その結婚も結局私の 我侭が原因で長続きせず、わずか2年間の短い結婚生活でした。 幸か不幸か子供もなく、アメリカで一人の独身生活が始まり、自分の心のおもむくまま、あらゆる 愉しみ、快楽に没頭しました。こんなに幸せでいいのかと思うほどの自由を謳歌しました。 そして会計士という良き仕事にも恵まれ、経済的にも不自由なく、日本から独身の姉を呼び寄せ姉妹 二人の気楽な生活、おまけにハンサムで金持ちのボーイフレンドまで与えられ、人生は私の思い通りに 動いているかのようでした。 しかし、そんな生活も私の心を本当に満たしてくれなかったのです。 その証拠に結婚の約束までしたステキなボーイフレンドとの結婚も今一度踏み切れない私がいました。 もっといい人が・・、もっといい事が・・と私の心はいつも何かを求め、何をしても心からの 満足感がないことに気付いていました。

クリスチャンになるキッカケ: “この天地は滅び去ります。しかし、私の言葉は決して滅びることがありません”  (マタイ24:35) そんな私が高校時代の親友を通して聖書に興味を持ち始めたのです。 彼女も国際結婚で喧嘩の耐えない、いつ離婚してもおかしくないカップルでしたが その彼女とご主人がクリスチャンになったと手紙をもらったのが始まりでした。 その時の私は大の宗教嫌いで、クリスチャンになった彼女とはもう付き合いたくないと思った 程でした。そんな私が姉と共に彼女達と最後の別れを覚悟して約5~6年振りで会いに行った時、 不思議な神様との出会いがありました。 それは神様と出会ったというより、彼女のご主人に再会した時に、彼の中に神様を見たような気がした のです。と言うのは彼のあまりにも変えられて姿に驚き、感動したからです。 以前の彼はとても冷たい感じの人で、私に殆んど話もしなかった彼がその時は、溢れるばかりの 笑顔で迎えてくれ、優しさと暖かさが滲み出てまるで天使のようでした。えー、これは何だろう? 彼に何が起こったのだろう?と私の心は驚きと好奇心で一杯になりました。 その時の私は彼女に会いに行く数週間前、たまたま日本の雑誌で“地球最後の日”という記事 を読んだばかりで、その記事にはいろんな統計からこの地球の最後が近い将来に必ず起こる ととても興味深い、面白い内容で、私にも十分納得出来る記事でした。その記事の中に1~2行聖書 の預言が書いてあったことをわずかに覚えています。 再会の時この記事が話題になり、ご主人が聖書の黙示録の預言からそれが必ず起こることを話してくれ、 気が付いたら私も姉も夢中で彼の話に耳を傾けていました。 そして聖書がイスラエル人を通しての人間の歴史書であり、今まで世界は聖書の書かれた通りに動いてきて いるとのご主人の説明と説得力に、私の心に聖書に対する好奇心が湧いてきたのです。

 聡明で、理屈ぽい、宗教にのめりこむタイプとはほど遠い彼の口から聞く聖書の話は私の関心を多いに高め ました。帰る時に聖書(リビングバイブル)をお土産にもらい、それから私の求道生活が始まったのです。 この世の終わりが知りたい、それが私の聖書を読むキッカケでした。 どのようにクリスチャンになったか: “求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。  そうすれば開かれます。誰であれ、求めるものは受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には  開かれます”(マタイ7:7,8) それでもまだ教会に行くのには抵抗があり、まず家庭集会に行きました。その時は私達姉妹 以外は誰も来ていなくて、牧師に個人的にいろいろ聖書のことを聞くことが出来ました。 そして帰る時に牧師が私達姉妹の為に祈って下さった時の感激がさらに私の求道の心を引き立てたのです。 生まれて初めて人から祈られた感動は不思議な涙となって私の心に残りました。 それをキッカケに私の熱心な求道生活が始まったのです。

その時は私ほど聖書に興味がなかった姉をも 強引に誘い毎週教会の礼拝、サンディースクールに熱心に通うようになりました。 この世の終わりを探求していた私は、聖書の第1ページの創世記から学び始め、神の存在、人間の罪、 イエスキリストの十字架の贖い、復活、永遠の命と初めて福音に出会いました。 すなわちこの世の終わりは裁きの時であることが分かったのです。 福音を知識としては理解出来たけど、一歩決断する勇気も信仰もなく、あっという間に一年が過ぎました。 しかし憐れみ深い神様は私にその決断する機会を与えて下さったのです。 それは今まで私達を熱心に導いて下さった牧師御夫妻が急に日本に帰国することになった時でした。 一年間お世話になったからクリスチャンにならなければ悪いかなと義理堅い私は、彼らを喜ばすために 忙しい引越しの最中、感動も心からの悔い改めもない義理信仰告白をしてしまいました。 クリスチャンになった後: 劇的な信仰告白ではなかったけれど、今までいつも何かを求め、何をしても満足しなかった私が しばらくすると何をしなくとも、1人でいても満足感と幸せに満たされていることに気付きました。 牧師を喜ばすための義理信仰の私の信仰生活でも聖霊様はしっかりと私の心に入って下さり 私を少しづつ本物の信仰へ、神様なしでは生きられない者へと変えて下さいました。

 結婚の約束をしていたボーイフレンド(自称クリスチャン)は神様と共に生きる人生を望まないゆえに私は彼との 結婚を断念しました。辛い決断でしたが神様は私にこのみ言葉を与えて励ました下さいました。 “私について来なさい。あなた方を、人間をとる漁師にしてあげよう”(マタイ4:19) また、一緒に住んでいた姉も、私より数ヶ月後に信仰決心し霊肉共に姉妹となり二人で信仰生活に 励んでいましたが、4年前に癌との激しい闘病生活を終えて平安に主の元に召されていきました。 57歳という若さで最後は自分の体さえ自由に動かせなくなった姉を見送った私は自分もいつまでも 健康であるという保証はないことを知り、健康さえ神の恵みであり、私は生かされている存在である ことがはっきりわかったのです。与えられたこの健康な体と、いつまで生かされるかわからない貴重 な人生を主の為に働きたいという献身の思いが与えられたのです。 “あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、私が示す地へ行きなさい。”  (創世記12:1) その時このみ言葉が与えられ、私は24年働いてきた会計士の仕事を辞めて主の為にフルタイムで働く 決心をしたのです。

姉の死は私の神と共に歩む新しい人生の出発となりました。 愛する二人を失いましたが、その度に神様は私を更に深く神様の元に引き寄せて下さり、信仰の確信 と希望を与えて下さいました。 “あなた方が私を選んだのではありません。私があなた方を選び、あなた方を任命したのです。  それは、あなた方が行って実を結び、そのあなた方の実が残るためであり、また  あなた方が私の名によって父に求めるものは何でも、父があなた方にお与えになるためです。”  (ヨハネ15:16) 義理信仰の私が献身するとは夢にも思ってみませんでしたが、そんな私でさえ主が選んで任命して 下さったことを心から感謝しています。これからの人生は選ばれた者として実を結び、実を残す 生涯を送りたいと願っています。 主に栄光あれ。